知りたい!子育て!

虐待かもしれない
〜あなたにできること〜

永瀬春美 (篠原学園専門学校こども保育学科 専任講師)

近所に、母親が子どもを怒鳴りつける声が毎晩のように聞こえてくるお宅があります。たまに外で見かけるときは普通に明るく、お子さんも元気そうですが、夜になると他人の私が聞いてもグサグサ来るようなひどい言葉の連発で、子どもはどんなにつらい思いをしているかと胸が痛みます。

夫には「虐待かどうかわからないのにヘタに関わり合いになって逆ギレされたら、あとが怖い。しつけはそれぞれの家庭の方針があるのだから、放っておけ」と言われますが、放ってはおけない気持ちで毎日落ち着きません。通報したほうがよいのか、子どもは叱られても親元にいた方が施設に行くよりはよいのではないか、余計なおせっかいで親御さんをかえって傷つけるのではないか、などいろいろ考えてしまって、どうしたらよいのか分かりません。(K)

そうですね。事件に至ってしまってから、「周囲の人は知っていたのに、未然に防げなかった」という報道に触れるたびやりきれない気持ちになりますし、悲しくくやしい思いがつのります。Kさんの「放ってはおけない気持ち」は尊いものです。どうぞ大切に抱きしめて、じっくり味わってみてください。

激しい言葉で叱られている子どものつらさを思って、胸が痛みます。痛みを感じながら、どんな思いがわきあがるでしょうか?

親だって、したくてしているわけじゃない。したくないのにひどい言葉が勝手に込み上げ、止まらなくなってしまうのかもしれない。あとになって自分を責め、つらい思いをしているかもしれない。ちゃんと育てなければと必死で、でも自信がなくて、不安でいっぱいなのかもしれない・・・

もしKさんがそんなふうに感じられる方だったら、きっとそのお母さんの応援団になれます。どうぞ声をかけてみてください。「こんにちは」でも「かわいいお洋服ですね。暖かそう」でもいいのです。子どもが笑ったり、あいさつを返してくれたりしたら、「素敵な笑顔だこと! 私の気持ちも明るくなるわ」「上手にご挨拶ができるのね」なんて会話ができて、お母さんがホッとするかもしれません。荷物で手がふさがって子どもの世話がしづらそうな時に「持ちましょうか?」と言うだけでも、「ひとりぼっちじゃない」と感じていただけるかもしれません。「いいんです。放っておいてください!」なんて拒否されたとしても、勘弁してあげてください。たぶん本当は嬉しいのに、感じたままの気持ちを表現するのが苦手なだけです。

もし、子どものつらさを思って胸が痛むKさんの中にわき起こる気持ちが、「なんてひどい親なの。昼間はいい顔してたって、あんなの母親失格よ。許せない」といったものだったら、どうぞご自身の中にいる幼い日の自分に向かって優しく声をかけてあげてください。 「いやだったね。くやしかった、分かってほしかった・・・大丈夫、私は知っているよ」 自分に優しくなれたら、いずれご近所の攻撃的なお母さんにも優しい気持ちになれる日が来ると思います。

 

オレンジリボン運動をご存知ですか? 「子ども虐待のない社会の実現」を目指す市民運動で、オレンジリボンはそのシンボルマーク。オレンジ色は、子どもたちの明るい未来を表しているそうです。この活動の公式サイトに「あなたにできること」というメッセージがあります。「子育て中の親子に、優しいまなざしをお願いします」という呼びかけに続いて「子育てに悩んでいる人は、一人で抱え込まずに相談してください」として

<子育てしているあなたが深い寂しさに襲われたら、あきらめずに周りを見回して見つけてください。きっと、あなたのまわりにも、温かいまなざしと、はげましの言葉と、あなたへの微笑みと、すべてを受け止めてくれる大きな心を持った人がいるはずです>

とつづっています。

Kさんがその「大きな心を持った人」になれたら最高ですし、難しいと思ったらそういう人(役場のこども支援課や児童相談所の相談員など)につなぐこともできます。

メッセージはさらに「虐待に苦しんでいる子どもは、がまんしないで相談してください」と呼びかけています。

<子ども虐待とは「子ども自身が、耐え難い苦痛を感じること」です。何も悪くないのに日常的に殴られたり、きょうだいの間でひどい差別があったり、食事をさせてもらえなかったり、怯えが止まらないほど繰り返し叱られたり、お父さん、お母さんから性的ないたずらや関係を強いられたりしていませんか? たとえ殴られなくても、体に傷がつかなくても、心がつらかったら、電話をかけてみてください>

身体的な暴力やネグレクト(十分な食事を与えないなど、子どもに必要な養育を行わない)がなくても、子どもの心を深く傷つける言葉の暴力は虐待です。子どもが自分で相談できない年齢なら、気づいた大人が代わりに電話してください。早く心のケアをしてあげないと、ずっと傷を抱えたまま大人になり、苦しみ続けることになりかねません。幼い日に否定的な言葉をたくさん浴びせられた人は、自分を信じる力が弱くて自己否定の思考パターンが定着してしまいがちです。自分を責めてうつ病になったり、心が痛いから他者を攻撃してしまったりすることもあります。虐待する人は、自分が虐待されていたケースが多いと言われるのはそのためです。

ただし、虐待されていた人の多くが虐待をする人になるのではありません。看護師の多くは女性ですが、女性の多くが看護師になるわけではないのと同じ理屈です。親以外のだれかにきちんとケアされ、支えられるチャンスがあった人は、虐待環境で育っても虐待する親にはなりません。だからこそ、攻撃的な方に対して心の傷をいやすような優しい働きかけが重要なのです。

Kさんが、何気ない日常会話からその方の信頼を得て、少し深い話ができる関係になれたら、支援センターなどに相談することを勧められるかもしれません。「相談したいけど、決心がつかない」ということなら、ご本人の了解を得て連絡する(支援者が訪問してくれるようにたのむ)こともできます。

Kさんがご本人と話すのはむずかしいようなら、どうぞ直接通報してください。48時間以内に専門的なスキルを持った担当者がそのお宅を訪問してお話を伺い、状況を確認します。虐待があればもちろん、結果的に虐待がなかったとしても、親は子育てに困難を感じ、なんらかの支援が必要な状況であることに変わりはありません。保育所や子育て支援の場にお誘いしたり、利用できる福祉関連の制度をご案内したり、定期的に訪問して見守りを行ったり・・・通報は専門のスタッフがいろいろな支援の手を差し伸べるきっかけになります。他県の話ですが、「通報されるように、窓に向かって暴言を吐いていた」というケースも報告されています。「このままでは虐待してしまう。誰か助けて!」という必死のSOSだったのです。

親子を分離して子どもを施設に保護するのは、虐待が深刻で子どもの命の危険が差し迫っていると判断されたときだけです。その場合でも、親の心のケアや経済的な問題などの環境調整ができればまた一緒に暮らせます。

11月は虐待防止推進月間です。虐待のない社会を作るために自分は何ができるか、じっくり考える機会にしていただければ幸いです。


事例は創作によるものです。

オレンジリボン運動について詳しく知りたい(オレンジリボン運動公式HP)

 

永瀬春美先生

千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒業
東京学芸大学大学院教育学研究科(学校保健学)修了
東京学芸大学附属小金井中学校養護教諭

その後、大学や専門学校での非常勤講師(保健学・免疫学)と「赤ちゃん110番」などの電話相談員をしながら自分の子育て期を短時間勤務で乗り切る。

東京大学医学部家族看護学教室助教、埼玉県立常盤高校看護専攻科教諭、新宿保育園看護師、成田国際福祉専門学校専任講師を経て現在、篠原学園専門学校こども保育学科専任講師
JACC認定臨床心理カウンセラー


ホームページ 永瀬春美の子育て相談室


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