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心のサインとしての腹痛
~親だって痛い~

永瀬春美 (篠原学園専門学校こども保育学科 専任講師)

5歳の男の子です。最近「おなかが痛い」と言うことがたびたびあり、かかりつけの小児科を受診したところ、特に異常はなく、ストレスではないかと言われました。静かにしていれば20分ほどで治るのですが、そのときは顔色も真っ青になって本当につらそうで、仮病とは思えません。ストレスといっても幼稚園には元気に通っていますし、別に思い当たることがありません。大きい病院でもっと検査をしてもらった方がよいでしょうか? (U子)

腹痛に関連する病気はたくさんありますし、むずかしい病気が見落とされて診断が遅れるケースがあることは事実です。今どきの情報社会ではそうした話を耳に(目に)する機会も多くなっているので、異常がないと言われても信じきれないU子さんのお気持ちはよく分かります。つらそうな子どもを見ているのは親もつらいですし、「もし誤診だったら」と思えば、「親としてできるだけのことをしたい」とか「後悔はしたくないと」といった気持ちもあるかもしれません。

とはいえ大きい病院で検査となると、お子さんはたくさん怖い思いや痛い思いをすることになります。腹痛はじきに治まるのですし、元気に幼稚園に通えるのですから、仮にからだの異常があったとしても緊急性が高いものではなさそうです。検査の前にちょっとストレス対策を試してみて、症状が軽減するのか見きわめるのも一つの方法かもしれませんね。

もしストレスによる症状だったとしても、その原因を探って取り除くのは実は大変難しいことです。すぐ目に付くことを原因と決めてしまうと、複雑に絡み合った他の要因が見過ごされて解決が遠のく結果になりかねません。理由探しはやめにして、取りあえずお子さんと楽しく過ごす時間を少しだけ増やしてみてはいかがでしょうか。

 

心の訴えとしてのからだの症状

心理的なストレスはその人の心の中で起こる反応なので、何がどのくらいストレスになるかは客観的な刺激の種類や強さとは関係がありません。こまかい作業が得意な子にはラクにこなせる課題でも、苦手な子には大きなストレスになりますし、失敗すると「どうしてできないの」と叱られたり「もっとがんばらないと」と励まされたりすることが多い環境で育った子と、失敗してもおおらかに受容される環境で育った子では、課題に取り組む緊張感や失敗した時の不安、自己嫌悪感(自分はダメだとへこむ感じ)なども違ってきます。几帳面とか慎重といった性格傾向の子は、同じ状況でものんびり屋さんよりストレスをためやすいかもしれません。

子どもは心がつらくなっていても、それが分からないことが多いですし、分かってもそれをうまく表現できないので、からだの症状という形でサインを出すことがよくあります。原因が心理的なことであったとしても症状は本物で、決して仮病ではありません。そのときは本当に痛いのですし、怖い病気になったのではないかと強い不安に襲われていることも多いのです。大人が一緒に不安になれば子どもはますます不安になって、それが新たなストレスになってしまうこともあります。まずはU子さんが、落ち着いた態度で接して安心感を持たせてあげてください。

「ここが痛いの? 大丈夫、こうして静かにしていたら治るからね」と痛いところに手を当てて優しく声をかけ、よくなったらそのことを喜んで、「よかったね」と一緒に笑いましょう。ママに守られている安心感に包まれて、ホッとできると思います。

 

自分の心の声をていねいに聴いてみましょう

U子さんの表面に現れている気持ちは「本当に身体的な異常はないのか」という心配なのですけれど、よく耳を澄まして自分と対話してみると、他にもいろいろな心の声が聞こえてくるのではないでしょうか。たとえば、
「私は、病気になるほどのストレスを子どもに与えているの?」
「子どものストレスに、私は気づいてやれなかったの?」
といった自分を責める感情がありませんか?
強くご自身を責めていると、本能的にそれを否定する気持ち(そんなはずはない。きっとどこか悪いのだ)がわき起こります。

「ついつい頭ごなしに叱ってしまう」とか、「夫婦仲が悪い」とか、例えばそうしたことが思い当たったとしたら、「よくないのは分かっているけど、どうにもならない」と思っているもう一人の自分は、「ストレスはない」と強く否認するしかないかもしれません。早期教育や習い事が負担になっているかもしれないケースでも、ご自身の潜在意識の中にあるコンプレックスや対抗意識、不安や罪悪感といった「やめられない理由」があることが少なくありません。対処できないストレスに思い当たってしまうと困るので、気づかないようにする(これも無意識の底でおこること)のは、誰にでもある自然な心の働きです。もちろん、自分を守ることはとても大事。決して、いけないことではありません。ボールが飛んでくると思わず目をつぶるのと一緒で、自分が壊れないように自動的に働く防衛システムですから、まずはそういう「もう一人の自分の声」に耳を傾け、その気持ちを否定することなくありのままに、ていねいに大切に受け止めてあげてください。

 

自分をねぎらい、自分のストレスを軽減しましょう

もしお子さんがストレスをためているとすれば、U子さんも相当ストレスがたまっているのではありませんか? 自分を責めて「変わらなければ、いい親にならなければ」と思いつめればいっそうつらくなってストレスがたまり、意に反して子どもを傷つけてしまうかもしれません。まずは親がラクになることが、子どもをラクにしてやる第一歩です。たとえば、ご自分にたずねてみてください。

この子を育てる中で、一番大変だったこと(つらかったこと)はなぁに?

お子さんが5歳になるまでの間には、きっといろいろなことがあったに違いありません。人間の赤ちゃんは親ががんばらなければ生きることができません。親としてどんなにダメと思えることがあったとしても、子どもが今生きているのですから、親は間違いなくがんばったのです。がんばっても、うまくいかないことも多かったかもしれません。よかれと思って一生懸命にしたことが、裏目に出てしまったことだってあるかもしれません。それでも親は、そのつど自分を叱ったりなだめたりして、やり直したり軌道修正したりを繰り返しながらがんばってきたはずです。
「よくがんばって、やってきたと思うよ」
鏡に映した自分に、そう言ってみましょう。
「そんなこと、誰だってやってることじゃない。なに甘ったれたこと言ってるの。あなたはいつも失敗ばかり」
もしそんな声が聞こえてきたら・・・ストップ!
そのときは、そうするしかなかったのですものね。お子さんを思うからこそ、そうならざるを得なかったのですよね。いつもそんな風にご自分を責めていらっしゃったのだとしたら、どんなにおつらかったことでしょう。大丈夫。こんなに一生懸命お子さんのことを思っているU子さんは、今あるあなたのままで十分にいいお母さんです。

 

受診の目安

ストレス対策をしばらく続けても症状が快方に向かわない場合や、食欲がないとか疲れやすい、体重が減る、他の症状が重なってくるといった場合は詳しい検査が必要かもしれません。大きい病院へ行くときは、かかりつけ医にもう一度相談して紹介状をもらってください。


この文章は「こどもの栄養」誌(こども未来財団)の平成23年10月号に掲載されたものを三芳町の依頼により著者が加筆修正したものです。

事例は著者の経験を元に加工した創作です。

 

永瀬春美先生

千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒業
東京学芸大学大学院教育学研究科(学校保健学)修了
東京学芸大学附属小金井中学校養護教諭

その後、大学や専門学校での非常勤講師(保健学・免疫学)と「赤ちゃん110番」などの電話相談員をしながら自分の子育て期を短時間勤務で乗り切る。

東京大学医学部家族看護学教室助教、埼玉県立常盤高校看護専攻科教諭、新宿保育園看護師、成田国際福祉専門学校専任講師を経て現在、篠原学園専門学校こども保育学科専任講師
JACC認定臨床心理カウンセラー


ホームページ 永瀬春美の子育て相談室


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